映画:男はつらいよは、現代社会の繋がりを教えてくれる
さて続きです。昨日に私は映画:男はつらいよのファンと
お伝えしました。
寅さんが起こす時には、恋愛や笑い、あるいは家族同士とのケンカ。
私は、「それをいっちゃおしまいよ」が口喧嘩になると、それをついつい言う時もあります。
でも、本音で色々と語り、最後は何とかめでたく和解・時には別れがあるけれどもまた新たな繋がりを見せてくれるのが
この作品の魅力でもあります。
現代社会、本当に物が豊かになれども、だんだんと格差やら悲しみが増していく世の中でもあります。
そんな時、「人間ってなんの為に生きるのか」そう感じてしまう事も私は本当にあります。
そんな時、寅さんはこの様に映画でも語っておりました。
寅さんと繋がりのある、ミツオ君という青年も、だんだんと生きる事がむなしくなってきた時に
なんで人っていきるのかな、と語っている所もありました。
◆著作権の関係もあるので、オリジナルの台詞にしております。◆
「人ってのはさ、幸せだなとか、嬉しいなと思う事があるんじゃねえかい。それよ。それがあるからこそ生きている事なんだよ。
皆で何気ねえ事でも話してよ、時にはああ、気づかんかったなと思ったり、笑っていきるのが楽しい事なんだよ。それだけでもいいんじゃねえかい。」
一見、単調に見える言葉ですが、
私はそれこそ、人の喜びが、生きる事の喜びや過ちをした時のことの改心にもなるなと思います。
親しい人との語りが、色々な発見をしてくれて、そして繋がりを教えてくれる。それこそ生きる事なんだと。現代社会の欠けたしまっている所、オンラインという中で、インターネットでなく本音で話あう事の大切さ。それを教えてくれている映画でもあります。
男はつらいよは、平成にかけての時代。パソコンも出てきた時代でした。40作から出てました。
そして2019年に50作目の時には令和だけに「スマホ」も作品の中で出てきましたが、
それでの、機械をつかってのやりとりはあまり登場はせず、ほとんどが対面での話。それがこの映画での魅力でもありました。
本音で人と人が語れる。そして喧嘩・衝突もするときもあるけれど、必ず和解・理解をすることが人間なのだ。それこそが人としての道よ。
変わっているけれども、旅をしつつ、風来坊で、どうしようも無いなと見えるけれど、人を沢山見てきて、ありのままに語っている。時には着飾りもしている所もあるけれど、でも最後はありのままである。人と沢山出会って、話しをしているからこそ気づいている。忙しすぎて、便利だけど窮屈な所で、気づきづらい所。それを教えてくれているのが、男はつらいよ、こと車寅次郎の生き方でもあります。私はそれがあるからこそ、この「男はつらいよ」の大ファンでもあります。
今、テレビ東京の衛星放送でも放送されているだけに、ついつい見たくなりますね。
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