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2022年1月18日 (火)

ボランティアについて語ります。

皆さんもご存知かと思いますが、1995年1月17日は、「阪神淡路大震災」の日でした。
かつてない位の大きな地震。当時、小学生の私はテレビから映る兵庫県の状況に驚きました。
その時、私にも何か出来る事はないだろうかと思いましたが、さすがに現地にいくだけの
体力や地理、何よりも未成年という大変難しい中でした。そこでやったのが募金をしました。

その後2011年3月11日の東日本大震災。あの時もふと、すぐに行って何かしたいが出来る事はないかと思いましたが現地の状況で受け入れがまだ難しい段階という事もあり、半年たった後に、ボランティア団体を通して岩手県の南三陸町へいきました。

ボランティアは思うのですが、自分の出来る事を精いっぱいやれればそれでよいです。といいますのも、「無理なく、継続的に参加する事が一番のポイント」と思います。

実は、私も農業ボランティアをしておりますが、時には無理をしすぎてしまい
ついには、「辞めようかな」と思った事、実の所は何度もありました。時には毎回の参加者や代表者の方と議論を交えた事もあるくらいでした。

なんでこの様になるのか、そうふと考えると、「無理をしすぎている、何か役立つという事をしたい想い」
それが無くなっていたのではないかと思いました。ある意味では強制のある働き方をしたからこそ、この様にもうやりたくという気持ちになったとも思います。
◆皆さんによってはボランティアは、悪い言い方で恐縮ですがタダ働き、あるいは
人との相性があわないとか、現地にいくのが難しいというのもあるかと思います。それはそれで仕方がない事でもあります。色々と考えはあります。


ですが、ボランティアは無理なく、そして気持ちよく活動できる事が長続き出来るポイントでもあります。
もし、失敗したり、何か悪い事をしてしまったらその場で「大変失礼致しました」と頭を下げて、あとは皆さんと一緒に気持ちよく活動する事、それが一番大事と私は、農業ボランティアを通して思いました。
それに続ける事で、現地の方々やほかにも困っている事のお話しや解決となる事にもお役立ちできる事に繋がります。


今、ボランティアも新型コロナウイルスの影響で、各団体も当面自粛したり、時にはZOOMやLINEといったインターネットのみの活動に切り替わった所もあります。ご時世もあっての事なので、決して悪い事ではないです。

ですが、やっぱり人間とのふれあいがいかに、誰でも出来て気持ちよく出来るか、そこがボランティアではないかと私は思います。

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