シリーズ運転免許:その1運転免許取れ
またシリーズで物語たいと思います。運転免許です。
このテーマ話すと長くなりますが、とりあえずは5回としたいと思います。
ちょうどこの時期に運転免許を無理やりとる事となり、そして8月に運転免許がとれました。
なので、半年以上はかかっているという事になります。まあ、色々あったのです。
今では平気で運転出来ます。私はMT、ATともに出来ますし、
楽しいと思えるくらいです。
◆ただ今の私の双極性障害の症状ですと、恐らくはもう取れないです。基本、精神疾患を患っていると、
まずは医師の診断書と問診が必須になります。双極性障害以外に、統合失調症、てんかんとなると、もう自動車免許を取る事も認められない事もあります。幸い私の場合は症状になった後も医師からも診断の結果、「生活必須の仕事、区域で利用しない」という条件で運転は許可されてます。
でも当時はすごい怖かったですし、嫌でした。
この時期になると思い出します。
両親から言われた「運転免許をいつになったらとるんだ」と。
2005年2月。ちょうど大学のテストが終わり、春休みになろうとしていた時の事です。
当時は、アルバイトをしてパソコン塾へ行くためのお金を稼ごうと考えていた時のことでした。
でも両親から何度もその言葉がありました。大学という莫大な資金に出している以上は、就職をしなければならない状態でした。
しぶしぶながら教習所へ行くために、準備をしました。本当に嫌だったからです。
当時は新潟県新潟市に住んでました。新潟はどこに就職するにも「普通自動車免許」必須の国でもあります。
なぜそこまでかたくなに拒否をしたのか理由は3つ。
・事故を起こすのが怖かったから。(万が一、ぶつけられたらどうしよう。パニックです。)
・自動車という怖い乗り物に乗りたくなかったから。(機械が大の苦手です。PCも携帯もひどかったです。)
・社会的な責任を背負う(いわゆる法律をかせられる何か事故を起こせば:業務上過失致死傷)に背負う
いわゆる責任逃れです。でもです。
家を追い出されるのではないかという恐怖、就職できなかったら負けの人間になる、周りからおいて行かれる
という概念があり、やむなくとりました。
生きる道がそれしかなかった。それだけです。
眼鏡を作り(片目ともに視力が0.7以上ないと入れない。)、市役所で印鑑証明書を取り、自動車学校で入学前の簡単な入学テスト(何色なのか、標識の漢字がよめるか)の条件を満たして、ついに自動車学校へ。
ここから試練が始まります。涙何回流したのやら、挙句の果てに山や海に向かって怒鳴り込み、おまけに世間迷惑といわれる行為(もし周りの人が静止してくれなかったら、これは警察沙汰の犯罪)にもなってました。それくらい波乱万丈でした。
でもいい事もありました。というわけでシリーズ開始です。
« 【近況をより伝える手段】YOUTUBEで限定公開にして近況 | トップページ | 【食は元気の元です】チキン定食+飯爆盛り »
« 【近況をより伝える手段】YOUTUBEで限定公開にして近況 | トップページ | 【食は元気の元です】チキン定食+飯爆盛り »
コメント